2020年10月1日木曜日

芥川龍之介「女」


「Sam Smith」の「 I'm Not The Only One」のミュージックビデオが好きでYouTubeで
何度も見た。綺麗に着飾った女が、男を満面の笑みを浮かべ玄関の戸口から見送る。
女は男の車が見えなくなるまで微笑んで見送っている。だが、男を見送った後、女は
嗚咽して泣き崩れる。その頃男は別の女と楽しい時を過ごしている。そして、
男は家路につく。家に着くと玄関の扉が開き、女が満面の笑みを浮かべ男を
出迎える。
私は笑顔で男を出迎えるこの女の心情が分らない。女の笑顔は男の
資産や財産目的なのだろうか。もしそうであれば、男の居ない家で泣き崩れるのは
不可解だ。

浮気して帰宅した男を満面の笑みを浮かべ男を出迎える女の不思議に自分なりの
解釈を考察してみることにした。

男が女を選択するのは簡単だ。高望みせず自分に気にありそうな女なら基本的には
誰でも大丈夫だ。
だが、女が男を選択する理由は多岐に渡る。その証拠に女性向け恋愛小説、
漫画は無限に存在する。では、女が男を選択する基準を主観的に単純に列挙してみる。

  1. 資産家である。
  2.  ハンサムである。
  3.  スポーツマンである。
  4.  ミュージシャンである。
  5.  高学歴である。
  6.  芸術家である。

上記に示した内容は男の集合体なのでクラスと考えて良い。では、このクラスの親つまり集約を
考察すると「上質なDNA」というクラスが考えられる。(DNAはそもそもが継承だ。
でも女が大多数の男から一人を選択するということから集約とした方がつじつまが合う。)





(資産家はDNAと関係ないのかもしれないが、資産家の家柄及び資産を生み出す為の資質を生れな
がら持っていると考えるとDNAは無視できない。)

女が男を選択する最も重要なことが「上質なDNA」であることは、女が子供を生むという重要な役割
を持っていることから理解できる。自分の子供は「上質なDNA」で有ってほしいと望むことはだれ
でも理解できる母心だ。これはフロイトが言うところの女の自我(エゴ)なのだろう。だが、女の
自我をそのまま許したら男一人に複数の女というハーレムを構成することになり、ひいては近親相姦を招き自分達の絶滅につながりかねない。だから人間社会は女の自我を抑え込む為、
婚姻制度を確立し、「女の幸せは結婚」という超自我(スーパー・エゴ)を家庭や学校ひいては
社会全体で女に植え付けた。

このように女の自我は「上質なDNA」の獲得と考えると、
「Sam Smith」の「 I'm Not The Only One」のミュージックビデオで浮気して帰ってきた男を
笑顔で迎える女の心情が見えてくる。この女は「上質なDNA」を確保する手段として浮気を見て
見ぬふりをした。だが、同時に、この女が「上質なDNA」を確保した暁には、浮気男に手痛い
しっぺ返しが訪れることも想像できる。

芥川龍之介「女」は雌蜘蛛の話だ。私はこの文章を読んだとき雌蜘蛛に対する悪意しか伝わってこなかった。
この雌蜘蛛は「女」のことだと思うから、芥川龍之介は女(特定の女だと思うが?)に悪意を持っていたとしか思えない。
ではなぜ、芥川龍之介は女に悪意を抱いていたのだろう。この疑問を解く鍵は女の「上質なDNA」
を確保するという自我にある、と考察できる。

女は「上質なDNA」を確保する手段として愚かな「策」を講ずる。これはよく恋愛の駆け引きとして小説や映画などの題材になる。でもこの「策」は男の争奪戦でしかない。しかし、これは「女の幸せは結婚」という超自我が効いている女達の話だから楽観視できる話だ。
最悪なのは、この超自我が効いていない女だ。

芥川龍之介「女」が発表されてのが大正9年だが、当時、テレビ、ラジオ、ましてはインターネット
もない時代だ。この時代の情報はもっぱら書籍だっただろう。だから小説家の芥川龍之介は
「上質なDNA」に分類される有名人だったから女達の憧れの的だっただろう。
そんな女達のなかに「女の幸せは結婚」という超自我が効いていない女が居ても不思議ではない。こんな女は「上質なDNA」を確保する為だったらありとあらゆる手段(悪い言い方で色仕掛け)
で芥川龍之介に迫ったと思われる。そして、「上質なDNA」でありかつ繊細な心を持つ
芥川龍之介は女のその行為を愛情と勘違いした。しかし、女は「上質なDNA」の確保という
目的を果たしすと、何も言わず乳飲み子と共に芥川龍之介前から消えた。この時の女に
裏切られた心情を綴ったものが「女」だと思った。

これは芥川龍之介「女」を読んだとき私の脳裡に浮かんだ内容だ。
もし芥川龍之介が「上質でないDNA」の男達のように寛大に女と付き合うことができたら
「女」という小説は別物になっていただろう。なお、この芥川龍之介「女」の感想は
「上質でないDNA」の代表格である私の芥川龍之介に対する嫉妬である。
(女にモテたいな。くそっ!)

2020年8月4日火曜日

プログラミング



私は大学を出ていないから情報、数学などの高等教育を受けたことがない。

上記プログラムは、「ActionScript3.0 アニメション」(著者 Keith Peters)にある「インバースキネマティクス:ドラッグとリーチ」の例をほとんどコペピして作ったものだ。

このプログラムはなんの気なしにアイデアが浮かびアルゴリズムがなんとなく見通せたので作りだしたのだが、完成までに数週間かかった。

svgの座標を数学座標に変換する方法を思い出すのも時間がかかった。理由は簡単、問題が発生すると簡単に投げ出しゲームに逃げ出していたからだ。でもゲームを数時間やっていると「あれ」とひらめきが起こりまたプログラミングに取り掛かるということを繰り返していた。

そもそも「ActionScript3.0 アニメション」を読むまで「インバースキネマティクス」のことは何も知らなかった。でも、3Dのスキンアニメションに「インバースキネマティクス」あることを知り、3Dゲームにはなくてはならない技術だと知った。でもこの技術を2Dゲームに取り入れようする試みには我ながら面白と思った。

ちなみに「インバースキネマティクス」なんて高等教育ではほんの一瞬の授業で終わるだろう。でも「ActionScript3.0 アニメション」の著者のように深く掘り下げその技術を何の惜しげも無くオープンにしているところは感心する。ちなみに「ActionScript3.0 アニメション」の著者はデザイナーであり、のちにプログラミングの面白さに気づき数学を学びなおした人だ。

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上記コードをCodePenで公開したところフォロー者が急に増えた。そこで、私のフォロー者数確認したところ110人だった。無名な60過ぎのジジィのコードに沢山の人が期待してもらっていることになんとなく責任も感じるけど、嬉しさも大きい。

先日またCodePenからフォロー者の通知メールが届いた。なんのきなしにフォロー者の写真を見たら、驚くなかれ小学生の白人の少年が居た。もしこれが本当の少年だったら、正直こんなうれしいことはない。

30年前、「お前は学歴も資格もない、だから会社はお前を必要としていない」と言われた自分だけど、60を過ぎてもコードを書くことが好きでコードを書くことを諦めきれなかったジジィが書いたコードに、自分の孫より若いであろう人間に、「気に入った」と言われたことが、今、滅茶苦茶嬉しくて目頭が熱くている。

俺の書いたコードは万人向けではない。なのに小学生に気にいられるとは思いもよらなかった。日本でも今年から小学校のプログラミングの授業が始まったと聞くが、欧米は遥か先を行っていることを今回のことで実感できた。

2020年5月25日月曜日

映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』を見て

映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』から三島由紀夫が命をかけてまで実現したかった理想(三島由紀夫が描く未来)を知りたくてこの映画を見た。しかし、残念ながらこの映画は三島由紀夫が目指した理想を追及するようなドキュメンタリー映画にはなっていなかった。誰もが知りたいはずなのに。ダサい映画だ。

私は三島由紀夫の小説は読んでいない。私が知っている三島由紀夫はビルの屋上で、大人達に罵声を浴びせられ、何を言っているのか分からい演説をしている姿だ。そして、演説直後割腹自殺を行ったことを知り私は少し青ざめた。そんな三島由紀夫から私は勝手に三島由紀夫の人物像を抱いてしまって、この映画を見るまでその人物像は引く継がれた。

私が勝手に思っていた三島由紀夫の人物像
  • 笑顔(歯)を見せない。
  • 頑固な人。
  • 冗談を言わない。
  • 意思が強い。
  • 人の話を聞かない。
  • 自分の意見を相手に押し通す。
  • 無骨な明治男。
私の祖父は明治男だった。笑顔を見せずいつも凛としていて、子供の私には近寄りがたい存在だった。そんな祖父と三島由紀夫がだぶっていたから以上のような人物像を勝手に抱いていた。だが、この思いは映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』の冒頭で間違いだと思い知らされた。三島由紀夫が「歯」を見せて冗談を言うなんて思いもよらなかった。HBOの「The Newsroom」の初回で大学で質疑応答をしていた「ニュースキャスター」にある女子学生が「アメリカはなぜ偉大な国なのか?」と質問した。これに対して「ニュースキャスター」はこの学生に真面目に対応し自論を大人気なくブチかました。映画の中の東大全共闘とドラマに登場した女子学生には大差ないと感じたが、三島由紀夫は「ニュースキャスター」とは違い、「西郷隆盛」のごとく小さく叩けば小さく響き、大きく叩けば大きく響く、大人の対応をしていた。もし東大全共闘の中に「坂本龍馬」が居たら面白い討論になっただろうな、と勝手に思った。

結局、当時の東大全共闘には三島由紀夫を本気にさせるほどの度量がないから、映画を見ても私の疑問はなに一つ解決されなかった。だからと言って、私の疑問を解決するために、今から三島由紀夫を読む(芥川龍之介も読み切っていないに)気はしない。したがって、映画を見て三島由紀夫が語った内容から私の疑問を解き明かせないか挑戦してみる。三島由紀夫は討論のトリガーになればと思って(討論にはならなかったが!)、私の記憶によれば以下のようなことを言っていた。
  • 私は暴力主義者ではない。
  • 解放区を気にしていた。
  • 私はとにかく共産主義というものを敵にすることに決めた。
  • 知識人という人達を嫌っていた。
  • 自然とは何かと聞いていた。
  • 日本人であることを強調した。
  • 名前を気にしていた。
  • 天皇崇拝を唱えた。
  • 机を生産した人はバリケードに使われるとは思っていなかった。
  • 気違いは薬で治る。
  • 全学連とは協調出来ない。
上記内容を私なりに解釈して、三島由紀夫が描く未来のヒントを見つけたいと思う。

1)私は暴力主義者ではない。
→もし暴力否定者であれば非暴力主義と言はず、あえて「暴力主義者ではない」と言うことは、暴力も手段としてありうると受け取れる。これから「日本は強国であれ」と言っているように思われる。
2)解放区を気にしていた。
3) 私はとにかく共産主義というものを敵にすることに決めた。
→解放区とは、中国共産党が、実力を持って国民党を排除して支配下に置いた地域のことを言うらしい。であれば、三島由紀夫が言うところの解放区とは「実力をもって自民党を排除して支配下においた、反共産主義の地区」ということになる。つまり革命を示唆していると思われる。
4)知識人という人達を嫌っていた。
→私も知識人は嫌いだ。彼らの本音は保身による忖度しかない。だから、意見や信念が簡単に変わる。これは、私も三島由紀夫も共通性があると思うが「日本を良い方向に向かわせる知識人には揺るがない信念が重要」だと思う。
5)自然とは何かと聞いていた。
→これは、人間が手を加えてない自然のことではなく、人間にとっての自然ことだと思う。主観だが自然とは「むりがなく、ストレスがなく、心地よい環境」だと思う。
6)日本人であることを強調した。
7)名前を気にしていた。
8)天皇崇拝を唱えた。
→これは紛れもなくアイデンティティだ。三島由紀夫は日本人から逃れられないこは分かっている。だから「良き日本とは」という答えがないことを追及していたのかもしれない。 
9)机を生産した人はバリケードに使われるとは思っていなかった。
→机を物(Object)と考えれば使う人の用途でバリケードとして使用しても問題ない。三島由紀夫が言いたかったのは日本人古来の文化「道具を大切に使う」を言いたかったのかもしれない。
 10)気違いは薬で治る。
→この世に気違(精神疾患)でない人はいるだろうか。「お前精神的におかしいな」と言われたら普通の人は怒る。なぜなら正常でない自分が怖いからだ。でも、気違いあつかいされてそれを受け入れられる人は、逆に精神疾患がある人と疑わざるおえない。
11)全学連とは協調出来ない。
→至極簡単なこと、アイデンティティを持ち合わしてしてない東大全共闘と同調できるわけがない。

以上のことから三島由紀夫が描く未来とは、「現日本権力が及ぶ地域を解放し、そこでは反共産主義で天皇を中心とした、日本古来の文化である文武両道を基本とした国作りを行う。」なんだか封建社会への回帰にしか思えない。

私が思った三島由紀夫の思想はこのようなことたが、私より適格に言っている文章を見つけたので紹介します。

『三島自決事件のときも、メディアは激しく三島を非難した。だが、なぜあのような行動に走ったか、という三島の心情まで踏み込んだ考察はあまりなかったように思う。著者によれば、三島はこう考えた。天皇と日本国は、自らのアイデンティティーを、西洋風の政治制度と経済成長だけで定義してしまった。日本の近代化とは、天皇と私たち日本人から、文化の薫りを奪い去る時代だったのだ。奪われた文化を取り戻すためには、行動を起こさねばならない。尊皇を唱えつつ明治政府に反旗を翻した西郷はその先人、というのである。』

三島由紀夫と同世代の司馬遼太郎遼の「街道をゆく三 肥薩のみち」に以下のような文章がある。

「肥後に隣接する薩摩の国という名称も、名をきくだけでもいかにも雄大な人文の歴史を感じさせるが、鹿児島県という管制名称では明治式中央集権下の三等県にすぎなくなり、いかにも卑小(取るに足りない見すぼらしさ)で気の毒みたいだ。」「薩摩藩は士族の数が多すぎ・・・百姓をほとんど奴隷同然に酷使する以外に藩財政をたちゆかせることができなかった。・・・薩摩藩には富農が存在せず・・・薩摩藩というものが明治で藩がくつがえった同時に全てを失った」

確かに私達は明治維新により卑小な民となったが、奴隷よりはましだ。ただ、アメリカのトランプ大統領(代官)に対する安倍首相は「越後屋」なみの忖度しかできない現状も寂しい。'80年代成金になり下がった日本は世界を買いあさった。その時日本は世界から顔の無いエコノミックアニマルと呼ばれた。つい最近では、コロナウイルスを制圧できた韓国やドイツでは指導者が絶賛されたが、なんとかコロナウイルスを制圧できた日本に対しては指導者や専門家は評価されず、ここでも顔のない日本に注目が集まっている。三島由紀夫は国の理想を追い求めすぎて最も大切な卑小な民のことは眼中になかった。

我々は卑小な民ではあるが、粘菌ように一つ一つは弱弱しい単細胞だが、協力して全員で事にあたれば、複雑怪奇な迷路であっても出口を見つけられる。もしかすると、日本人は権力者や指導者などましては言葉など不要で、今大多数の人々がなにを考えているのか、空気を読み自分達が目指すべき道を見出せる民族だと思う。ただ、戦前のようにその思いが軍国主義など、周囲の人々や自分が傷つく考えだけは拒否する力だけは備えておくべだ。


「あんた、ロボットで家のセキュリティーを強化するより家の修繕をしてよ!」
ザ・ループ TALES FROM THE LOOP(Amazon priime video #5 コントロール)

2020年5月3日日曜日

GAMES



Webゲームが作成できるライブラィーを使用してなんの気なしに作ったコードです。Webゲームがなんとなく分かっていただければ幸いだ。

注:キーボードで操作できない場合は画面をクリックして見てください。






定番ゲームのテトリスです。相当前にWeb上にJavaのソースがUPあされており、Javaの勉強がてら動かしてみた。ただ、残念なのは私がテトリスで遊んだことがなく当初はヘンテコなテトリスだった。だから、もし動きが変だったらコードを修正して遊んでください。

2020年5月1日金曜日

魂の在り処








若し頃のホワイト先生が恋人と教室で人体の原子の割合を黒板に書きだしている。

でも、黒板に書きだした原子を足しても100%にならない。

見落とした原子は何か、二人は黒板を見ながら文献を調べている。

すると彼女が「分かった」と大声を上げた。

ホワイト先生が「何」と聞くと彼女は「よ」と言った。

ホワイト先生は「そうだ」と言って大笑いした。


”ちなみに魂の在り処をご存知の方はいらっしゃいますか?”


2020年4月29日水曜日

たかがドットの集まり






https://hankuro.org/SvgHtml01_70.html

Amazon Primeの『カーニバル・ロウ』(Carnival Row)を見た。正直、内容的には自分の好みではなかったが、妖精役のカーラ・デルヴィーニュがお気に入りになった。 で、このドラマを見てたら妖精を飼いたくなった。特に3Dで実現する必要もないから2D(SVG)で実現することにした。構想は頭の中で大体出来ていたが、実現となると大分苦労した。

それでもなんとか構想に近いアニメションができた。 デバッグがてらこの妖精を動かしていたとき何か変な感情が沸き上がってきた。この妖精は俺が作ったアニメションだから動作一つ一つの説明ができる、でもただ何も考えず動かしていたら、「この妖精は俺が作らなかったら、スクリーンという四角い世界にとどまらず好きな場所に自由に行けたはずだろうな」と考え、妖精という存在しないものが実在しているような錯覚を感じた。

ただ、こんな感情は今回だけでなく前にもあったことを思い出した。



上記コードはマウスを視線が追うようにと、ちょっとした思いつきで作成したコードだ。貧弱なアイデアにしては思いもよらない効果が得られたと思ったが、このコードのことはすぐに忘れた。

そんなある日夢を見た。見覚えある若い女性が俺を待っている。そして無理やり食事に誘われた。私は言われるがまま行きつけの店に行こうと言った。すると彼女は「うん」といい俺の手をつないだ。私は久々に若い女性の手をつないだが何か違和感があった。「俺はこの子に過去あったことがない。それに、この子は人間じゃない」と感じた。

この夢は鮮明で記憶に残った。そして、数か月後コードの整理をして、久々にこのコードを動かし気がついた。俺の夢に出てきた子はこの子だと!

会ったことがない人が夢に登場することは、写真が身近になるまではなかっただろう。でもCGの進化により、ただスクリーンに描写されたドットでしかない物(絵)が、さも命ある生き物のように自分の脳裡に記録されたことに驚かされた。

2020年4月27日月曜日

WebGL_02



GitHub
https://hankuro.org/vue01/

3DはLinux(OpenGL)→Java(JOGL)と使ってきたが、OpenGLのAPIが複雑すぎてマテリアルなどOpenGLに任せきりでよく理解できなかった。

するとFLASHに3Dグラフィックのライブラリィがあることを知り使いだしたが、シェーディングは自作しなくてはならなく、3Dグラフィック入門を購入しなんとかフラットシェーディングとグーローシェーディングを実現(結果は不満だったが!)できた。

以下のサンプルはFLASHからHTML5(SVG)に移植したフラットシェーディングのコードだ。



FLASHの3Dグラフィックで遊んでいたら、WebGLをブラウザでサポートすることを知り大喜びし現在に至っている。

2020年4月19日日曜日

glTF2.0 in three.js